今日は、私が「不眠」という言葉を自分のこととして受け入れ、病院のドアを叩くまでの恥ずかしくも切実な記録をブログに綴りたいと思います。これを読んでいる人の中には、夜、天井を見つめながら「明日になればきっと眠れる」「今夜だけは特別に疲れているだけだ」と自分に言い聞かせている人がいるかもしれません。私もそうでした。でも、その「今夜だけ」が三週間続いたとき、私は自分が自分に嘘をついていることに気づかされました。不眠の初期症状は、どこか「自分に酔っている」ような感覚さえ伴います。「こんなに眠らなくても働けている自分はタフだ」とか「ショートスリーパーの才能があるのではないか」といった、今思えば危険極めてない妄想に支配されていました。しかし、鏡に映る自分の顔は日に日に生気を失い、目の下のクマはコンシーラーでも隠せなくなっていました。友達とのランチでも会話の内容が右から左へと抜け、心から笑うことができなくなっている自分に気づいたとき、私は初めて「病院に行くタイミング」を逃し続けてきたことを直感しました。私が受診を決意した決定的な出来事は、大好きな本のタイトルが思い出せなくなったときです。頭の中には表紙の絵も内容もはっきりあるのに、名前だけが出てこない。脳が、大切な情報を保管する引き出しの鍵を紛失してしまったような、あの虚しさと恐怖。これはもう、自分の意志の力ではどうにもならない。そう思って予約ボタンを押しました。初めて行く心療内科は、思っていたよりもずっと静かで、診察を待つ人々は皆、私と同じように「普通」に見える人ばかりでした。先生は私の話を最後まで静かに聞いてくれ、「よく一人で戦いましたね」と労ってくださいました。処方された薬を初めて飲んだ夜、数週間ぶりに訪れた「意識の消失」は、天国のような心地よさでした。翌朝、頭の重みが消え、自分の思考が一本の線に繋がっている感覚を取り戻したとき、私は自分の愚かさを笑いました。もっと早く来ればよかった。ただそれだけです。不眠は、あなたの心を蝕む前に、あなたの「尊厳」を少しずつ削っていきます。自分が自分でなくなる前に、プロの助けを借りることは、決して情けないことではありません。もし、あなたが今夜も暗闇の中でこのブログを読んでいるなら、それはあなたの身体からの最後通牒かもしれません。明日、一番に病院を検索してみてください。その指先が、あなたの人生を再び鮮やかな世界へと連れ戻してくれる第一歩になるはずですから。