妊活を始めて半年が過ぎた頃、私の日常はスマートフォンの排卵管理アプリと基礎体温計に支配されていました。毎朝、目が覚めた瞬間に口にくわえる体温計の数字に一喜一憂し、高温期が十日を過ぎる頃には、頭の中は「妊娠しているかどうか」の予感でいっぱいになります。あの月のことは今でも鮮明に覚えています。いつもなら生理前に下がるはずの体温が高いまま維持され、胸の張りがこれまでになく強く感じられました。「今回こそは」という確信に近い期待を抱き、私は生理予定日の当日に、薬局で買ってきた早期妊娠検査薬を手にトイレへ向かいました。尿をかけて数分、判定窓に浮かび上がったのは、薄いけれども確実に見えるピンク色のラインでした。その瞬間、私の視界はぱあっと明るくなり、心臓の鼓動が激しくなったのを覚えています。夫に報告し、二人で手を取り合って喜び、すでに名前の候補まで話し合い始めました。しかし、その幸せな時間は長くは続きませんでした。陽性反応を確認してから三日後の夕方、仕事中に下腹部に鈍い痛みを感じました。トイレに行くと、そこには鮮血が混じったオリモノがありました。嫌な予感が全身を駆け巡り、夜になる頃には、それはいつもの生理よりも重く、塊を伴うような激しい出血へと変わっていきました。翌朝、体温はガクンと下がり、もう一度試した検査薬の判定窓は、冷酷なほどに真っ白な空白に戻っていました。病院へ行くと、医師は超音波で子宮を確認した後、淡々とこう言いました。「胎嚢は見えませんね。化学流産です。これは生理と同じですから、特に処置も必要ありませんよ」。診察室を出た後、私は廊下の椅子に座り込み、涙が止まらなくなりました。医師にとっては日常的な「生理と同じこと」であっても、私にとっては三日間だけ確かに存在した、愛おしい命との別れだったからです。自分が何か重い荷物を持ったせいではないか、あの時コーヒーを飲んだのがいけなかったのかと、自分を責め続ける日々が続きました。しかし、同じ経験をした友人がかけてくれた言葉が私を救ってくれました。「化学流産は、赤ちゃんが『お母さん、準備はできてるよ』って挨拶に来てくれたんだよ」。その言葉を聞いたとき、私は自分の身体を責めるのをやめようと思えました。私の身体は、受精卵を受け入れる準備を整えていたのです。そして、あの短い三日間、私は確かに母親としての喜びを味わわせてもらいました。一週間ほどで出血も止まり、身体は驚くほど速やかに元のリズムを取り戻しました。私はその後の周期で再び前を向くことができ、今は新しい命を育んでいます。化学流産を経験したあの日の絶望は、今では私に生命の逞しさと、一瞬一瞬を大切にする心を教えてくれた貴重な経験となっています。もし今、検査薬の白い窓を見て泣いている人がいたら、伝えたいです。あなたは何も悪くないし、あなたの身体は確実に前へ進んでいます。その悲しみも、いつかあなたを強くする優しさに変わる日が必ず来ます。
期待と絶望の狭間で経験した私の化学流産記録