田中さん(仮名)は、三十代後半のやり手営業マンです。彼の日常はクライアントとの会食や接待で彩られ、アルコールを摂取しない日の方が珍しいほどでした。毎年受ける健康診断では、肝機能を示すγ-GTPの数値が基準値を少し超えていることを指摘され続けていましたが、「営業職の勲章のようなものだ」「特に体に不調はないし大丈夫だろう」と、結果の紙を深く考えずに机の引き出しにしまい込んでいました。自分は健康だという過信が、彼の判断を鈍らせていたのです。数年が過ぎたある朝、田中さんは経験したことのないほどの強い倦怠感で目が覚めました。体が重く、通勤電車で立っていることさえ困難でした。オフィスに着くと、同僚から「顔色がすごく悪いよ、黄色くないか」と心配され、鏡を見て愕然としました。自分の白目が明らかに黄色く濁っていたのです。これはただごとではないと直感した田中さんは、会社の近くにあった内科クリニックに駆け込みました。医師は彼の顔色と症状を一目見るなり、事の重大さを察知し、すぐさま詳細な血液検査と超音波検査を実施。検査結果は深刻で、アルコール性の肝炎がかなり進行し、黄疸が出ている状態でした。クリニックの医師は、直ちに肝臓疾患を専門とする総合病院の消化器内科への紹介状を書き、田中さんに緊急受診を指示しました。総合病院の肝臓専門医からは、即時の禁酒と入院加療が必要であると厳粛に告げられました。沈黙を続けていた臓器が、ついに限界を超えて悲鳴を上げた瞬間でした。数週間の入院治療を経て田中さんの体調は回復しましたが、医師からは生涯にわたる節制と定期的な通院が不可欠だと指導されました。彼は、なぜもっと早く専門の科を受診しなかったのかと、引き出しの奥にしまい込んだ何枚もの健康診断結果を思い出し、深く後悔したのでした。